BolognaまではCity Night Lineという寝台列車に乗った。私は寝台列車に乗るのが初めてなのだが、これって別に特段安いというわけはない。列車料金プラス宿泊代イコール寝台列車料金と考えてよいのではないであろうか。私は寝台列車に乗ることも初めてだったのだが、選んだのは4人部屋。予約の際に上の段か、下の段か、と聞かれたので、どっちがお薦め?と聞くと、SBB(てっちゃんの憧れ!スイス国鉄のドイツ語表記、ちなみに、スイスは公用語が4つあり、そのうちドイツ語、フランス語、イタリア語を使用する人が多くを占めているので、主に3言語で表記しています。ドイツ語: SBB, Schweizerische Bundesbahnen; フランス語: CFF, Chemins de fer federaux suisses; イタリア語:FFS, Ferrovie federali svizzere, つまり、スイス国鉄というときは SBB CFF FFSという表記で見られるのです、ああ大変。ついでに、、、スイスの正式名称はドイツ語でもフランス語でもイタリア語でもレトロマンシュ語でもなくラテン語のConfoederatio Helveticaです。さらについでにご存知かと思いますが、チューリッヒという発音では英語で通じません。英語発音ではズーリックです、お間違いのなきよう。ああ、長かった。)の社員さんは、「そうね、私は下の段がお薦めかな。人それぞれだけどね。」と言っていたので、素直にお薦めに従いましたが、お薦めに従ってよかったともいます。というのは、上の段のところは少し狭そうでしたので。

さて、スイスからイタリアに行くのですから国境をまたぐわけである。つまりパスポートチェックがあるのだが、なんと寝台列車では車掌さんが各部屋を回ってパスポートを持って行っちゃうのです。ハラハラしますが、いやパスポートは渡さんよ、といってもどうしようもないので、ここはおとなしく渡す。その時、車掌さんが、「君たちと同室の人は次の駅ベルンから乗ってくるよ。うーんとだいたい1時間後ね。」と言って去っていった。ベルンから乗車された方は開口一番「ボナセーラ(イタリア語:今晩は)」と言うお父さんと小さい娘の二人ずれでした。夜も遅いので就寝。パスポートは、というと、Bolognaにつく30分前に車掌さんが起こしに来て、その時にパスポートも返してもらった。朝ごはんも、クロワッサン、チョコデニッシュ、オレンジジュース、が付いていました。夫の人は電車の中で食べてしまったのだが、私は、寝ている最中にこの列車がトンネルをくぐったり出たりしていたせいか三半規管があまりよろしくなく、ここで食べたらウェップしちゃうよ(私は南方熊楠か)、と体がこっそり私に訴えていたのでBolognaの街を歩きながら、手袋を外した手がかじかむのとを我慢しながら食べたのですが、クロワッサンとチョコデニッシュのおいしいことよ!

さて、朝の5時過ぎに到着したBolognaはもちろん人がいない。構内の時計も止まっているし、駅の建物に設置されている二つの大きな時計の片方は止まっていた(This is Italy!)。まずは中心のPiazza Maggiore(マッジョーレ広場)までとぼとぼと歩く。Bolognaの街はPortico(ポルティコ)と呼ばれる柱廊、まあ軒下の立派なバージョンというのだろうか、それがずっと連なっているので、雨が降っていてもあまり困らない。ポルティコを歩いていると、建物の中に通じる木製の扉を見かけるのだが、その扉が無駄に大きい。旅行を通じて思ったのだが、イタリアの人はあまり背が高くないようだ。それなのに、無駄に大きい扉。建物の構造もスイスのそれより天井が高い。ホテルのベットはイタリア人のサイズなので、185cmの夫の人は少し小さい。なぜなのだろうと少し考えるのだが、これは背の高さは関係なく、馬に乗ったり、馬車を使ったりした時に必要な高さ大きさなのだろうか、と思う。馬や馬車に乗った高さだと、うーん、この扉の大きさも必要だろうし納得できるかな、、とでも本当のところはわかりません。権威の象徴として扉も建物も大きくなったのかな、と言われればそうだろう。そして、不思議に思うのが、突然現れる広場。これも無駄に広い。そいえば、須賀敦子のどのエッセイだったか忘れたけれどもそして内容もうろ覚えだけれども、広場で男の人が立ち話をしている、それも大勢いて、それがなぜだかわからず、ペッピーノに聞くとそれは商談なんだよ、と。その広場に面して証券(?)取引所があり、交渉やら商談をその広場でやっているのだという。というのを思い出して、Bolognaの観光案内所で購入したガイドブックを読むとなーんとこのMaggiore広場にも証券取引所がありました(今は図書館)。最もこの広場は教会(Basilica di St. Petronio:聖ペトロニオ教会)も面しているので、いろんな使い方があったのだろうなと思うのですが、どうなのだろうか。

ホテルにチェックインはできなかったので、荷物だけ預かってもらって駅の待合室で朝日が昇るまで待つ。到着する列車の放送が聞こえるのだが、イタリア語ならではのあの発音でちょっと愉快になる。以下、空耳アワーなので、正確なことはわかりませぬこのように聞こえた。「アタンツィオナーレェ……トレぇーノォ……ボローニャッ、モッデーナッ、パぁルマッ、ミラぁーノォッチェントラーレェ!」で、必ず「ア ゥロータ ナシータ ヴィーダ ジャぁッラッ!」という。この最後の「ジャぁッラッ」が耳から離れず、道中は語尾に「ジャぁッラッ」をつけて話していました。阿呆です。「ジャぁッラッ」やら「デッッラ」やら「ヴィッラ」は日本語にない発音(だと思われる)で何とも面白く感じてしまった。そして、特急のEuro Starに関しては、イタリア語のアナウンスのあと、英語もあるのだが、そのイタリア語の男前(イメージ)な饒舌なアナウンスに比べ、英語のアナウンスは女性であり、何とも幸薄そうなアナウンスなのでちょっとおかしい。これは毎回男前(イメージ)のおじさんがアナウンスしているんだろうか、と思っていたのだが(それくらい、息遣いの感じられるアナウンス)、Milanoに到着したとき、男前(イメージ、しつこい)の同じ声でアナウンスされていたので、夫の人と二人で、これは機械だったの?と驚いたのは言うまでもありません。ジャぁッラッ。