第2回目の語学講座でもさらに世界が広がる。
授業は机をコの字型にした形で行うのだが、他の受講生が前回と同様の席に座っていたので私もそうすると、私の右隣に初回の講座にはいなかった方が座っていた。よって、インドの彼女は向い側の席に。授業が始まるまでまだ時間があったが、ちょうどFrau Grafも来ていており、卓上名札に表にあなたの名前と裏に苗字を書いておいてね、と、ドイツ語とジェスチャーでその彼女に伝え教室を去っていった。しかしながら、彼女はFrau Grafが言ったことそのジェスチャーもわかっていなかったようで、来ていたみんなで、英語で伝えると、英語が全く分からない彼女なのであった。最も、英語が通じるというなんだかよく分からない固定観念がうっすらある方が間違っているのだと思うのだけれども、たとえば私におけるチェコ語の、スワヒリ語の、アイスランド語の、果てしなくもっとたくさんあるが、それに対する知識に相当する。つまりは、彼女は、英語の、知識が、ゼロ、なのである。よって、アフガニスタンの彼女がダリ語でいい、アルゼンチンの彼女がスペイン語でいい、スコットランドの彼女がフランス語(彼女はフランス語を解する)で言っても、どれも通じず、みんながジェスチャーで私はアフガニスタンから、私はアルゼンチンから、私は日本からというと、私たちが何を聞いているかがわかったようで、「ああ、イラク」で話す言葉は「コルディッシュ」と言っていた。コルディッシュと彼女が言った途端、周りの皆さんは、「オォ!」と言い、「それじゃあ通じないわね」と。私と同じく日本出身のAmemi(仮名)さんは、顔を会わせて、イラクはわかるけれどもコルディッシュとは何でしょうね、そういう言葉があるんでしょうね、とその場はとりあえず納得した。

それで、ようやく卓上名札に名前を書くことから始める。彼女の右隣はFrau Grafの机なので、左隣にいる私が彼女に何とかして伝える。さてどうしたものかと思う余裕もなく、まずは、私の卓上名札の表を見せ、自分の胸をたたき、「Renata!(仮名)」、次に裏を見せ「Sokave!(仮名)」。次に彼女の肩をたたきあなたの名前をここに書くのですよ、と伝えてもなかなか伝わらない。次に私はIDを出し、名前を見せる。IDの「Renata」と書いているところを出し、声に出して「レナータ!」と言い、次に卓上名札の「Renata」と書いているところを指して「レナータ!」というと、と彼女は「オオオ!」と。私が何を伝えたいかをわかってくれた。彼女の名前はNoriさん。

さて、彼女はスイスに来て本当に間もないようで、私たちと彼女との共通言語はこれから学ぶドイツ語のみという状況にある。最初に初回にやったことの復習で、疑問文とその回答を紙に書き、それで会話をする。もちろん彼女は一切わからないので、私はさっきの要領でジェスチャーを交えに伝える。私のつたないジェスチャーでも何度かやると伝わったようでした。よかった。そんな具合で、手を振り胸をたたき頭を縦に横に振り私とNoriさんとのやり取りは今回の授業の間ずっと続いた。全く共通の言語がない人に何かを伝えるというのはすごく大変だなと思ったが、ヘレン・ケラーにおけるサリバン先生もそうやってちまちまとあらゆることを伝えていったのだよなーということを思い出し、これこそ異文化コミュニケーションだなあ、と。こっちにきて、だいたいが初めての経験であるが、すべては日本との違いという土俵においての初めての経験。しかしながら、今回は状況としての初めての経験。

家に戻ってコルディッシュってなんだろうと思って綴りを予想して辞書を引くと、彼女はイラクイラクであるけれども、クルド人であり、使う言語はクルド語だったのであった。クルド語を解する彼女と日本語を解する私、二人の間には共通言語がなく、ドイツ語を学びに来ている私がジェスチャーで彼女に教えるという状況はなんだか頭脳警察を引き起こしそうである。でも、楽しい。