火曜日と金曜日は朝市の日なのだが、八百屋のおばちゃんだかおじちゃんだか一目では分りかねるおばちゃんの店員さんにも顔をしっかり覚えられ、最近は、ドイツ語で「よい一日を」と最後にいうと、満面の笑みで返してくれるし、すべてのお店は対面式でお客さんがあれ下さいこれ下さいというのを店員さんが手に取ってこれでよいかと確認しながら買う方式なので、自分の近くにある野菜は指さして何個下さいとか何グラム下さいと言えばよいのだが、遠くにある野菜の名前を辞書で調べて予め覚えて、いざ「Stangen bohnen, bitte(いんげん豆下さい)」というと、よく言えた!という顔でじゃああっちに向かいましょうということになる。そんなこんなで楽しいのである。

で、チーズ。

スーパーで買おうものなら、パックされたチーズはどれもこれも大きすぎてしかも価格も15CHF以上はするので、ただちょっとだけ食べたいだけなのに、試すのにはなんだかもったいないと常々思うのであるが、朝市のチーズ屋さんにおいては、これは買い方がグラムを指定して買っている人はいなさそうであるし、はたしてどれがどうなのやらと、尋ねる単語もよく分からないので、おっかなびっくりでいつもはた目から見ていた。そしていつものようにじっと見ていると、チーズを買いに来ていた、白の麻のシャツ、クリーム色の麻のパンツ、ロマンスグレー(女性の方に対してもこの使い方はあっているのであろうか)のおかっぱ頭の年配の女性が、「あら、どうぞ」というので、「いや、みているだけなの」というと、「んまー。ここのチーズはね、すごーーーーーく美味しいのよ、来て御覧なさい。まずはフレッシュで若いチーズを試すとよいわよ。」「私はチーズの種類についてほとんど分からないのだけれど、ちなみに、あなたが好きなのはどれ?」「私はね、フレッシュなのでいうと、この羊の乳からできたの(名前失念)が好きだわ、これはね、オリーブ・オイルとバジルと合わせるともう最ーーー高ーーーなの。あとこれ、Comte Jeune(Comteのeにはアクサンテギュがつきます)。熟成年数は短いけれど、すごく濃厚でパンと合わせて食べると最高よ。」「ワインと一緒でも美味しい?」「もう最ーーーーー高ーーーーーー。こんなにおいしいから、朝からチーズとワインという人もいるわよ。ふふふ。」なお、この女性、「最ーーーー高ーーーーー」というところは「Tres bien」をすごく長く「トレーーーーーービアン」といっていたので、フランス語圏出身の方なのだろう。で、チーズの買い方。女性にもう一回発音を聞いて、「Comte Jeune下さい」というと、専用の両手で持つ包丁を取り出して、私と目を合わせながら、「もうちょっと大きく」とか「もうちょっと小さく」と言いながら切り分けてもらい、オイルコーティングされた紙に包まれて渡してもらえる。いったいいくらなのかとおもったら、5CHFだったのでチーズはここで買うことに決定。で、その女性にお礼を言って別れを告げると「あ、ちょっと待って、あなたオリーブ好き?」「はい」「オリーブが最ーーーーー高ーーーにおいしいお店があるからいらっしゃい。」といってオリーブやら胡桃やらを売っているお店のおじちゃんに試食させてと頼んでくれたようで、オリーブをいただく。美味。うーん、美味。これまで瓶詰めのオリーブを買っていたのだけれど、比べ物にならないくらいの味。素晴らしき朝市。というわけで、100g購入。また再度お礼を言って別れると、また、「ちょっと待って、美味しいパン屋知っている?金曜日だけ来ているパン屋さんなんだけど、最近来ていないのできっとバカンス(こっちの人は3週間くらいバカンスをとります)なのよ。あそこは最ーーーーー高ーーーーーに美味しいからお店があったらぜひ買うといいわよ」と教えてくれた。今度こそお別れ。「良い一日を」といって別れると、「また会えるといいわね」と言って、笑顔で去っていった。本当に親切で本当に助かった。家に帰って、買ったチーズを味見してみると「!!!」、「独り占めしたい」、というくらいのおいしさでした。これまで口にしたチーズ、モッツアレッラとパルミジャーノとフェタ以外、は、しびれる味だったり、しょっぱかったりというので、それなりにチーズは好きだけれど、いまいちチーズの美味しさが分からない、という思春期の男女の恋愛のような私とチーズの間柄だったが、これは別格の別次元でチーズとはなんと美味しいものだろうかという味。塩辛くなく、それでとても深みがあり、あの女性と同じく最ーーーーー高ーーーー、とうなる。夜、チーズを食べてワイン(今回は、イタリア・トスカーナ地方のREMOLEという赤ワイン)を飲むと「!!!!!」の味。ワインが子犬が雨でぬれたときの香りとか、湿った枯れ葉の匂いとか、そんなうんたらかんたらのうんちくはどうでもよく、ワインとチーズのマリアージュというのは本当にあるのだな、と、田崎真也さんが頭に浮かんだ金曜の夜なのであった。