Luzern(ルツェルン)へ行く。
Zürich HBからInterRegional(インター・レギオナル、急行列車。ちなみに、S-Bahnは普通列車、なのに、2階建て、もちろん2階に着席します)で、Luzernまで。40分の列車の旅。急行列車とあってか、車内アナウンスはドイツ語と英語の2つであった。車内アナウンスといっても日本のように丁寧なんだかどうなんだか分からない、お足もとの、、、お忘れ物の、、うんたらかんらか、というものは一切なく、「ようこそいらっしゃい。終点は○○よ。途中の駅はうんぬんとかんぬん。何かわからんことがあったら車掌に聞いて」という内容で、到着駅が近づくと「次は○○よー」といったさっぱりしたもの。

さて、Luzern。
ちょうどこの日、土曜日は朝市が開かれており、新市街と旧市街を挟むReuss(ロイス)川の両岸にずらっとお店が立ち並ぶ。私がいつも行く朝市とそう変りない風景に、思わず野菜を吟味する目になろうかとするも、いやいや今買ってもこれから歩くのだから、とのふたつがやいやいと出てきてもどかしいのである。屋根付き木橋のカペル橋を渡ると、人の多さに…となり、小人病の物乞いがいたり、ペストの大流行を描いた絵画が飾ってあるシュプロイヤー橋を渡り、防護壁であったMuseggmauer(ムーゼック城壁)の時計台の内部を上ったり、まま、こんなものかな、と思い、降りて、作ったサンドイッチ(前回と同内容のサンドイッチとアボカドたまごサンドイッチ)をほおばる。フランス革命の際、ルイ16世マリー・アントワネットを民衆から守ろうとして命を落としたスイス傭兵の慰霊碑としてのLöwendenkmal(ライオン記念碑)。引き続き、まま、こんなものかなという感想ばかりであったが、Luzernにある3つの教会に行くとそれぞれにそれぞれの特色がでており素晴らしかった。マカロン好きのガールならばJesuitenkirche(イエズス教会)に行かれるとよいかと思う。外見は青銅色の永沢君の頭がふたつならんだ塔に白い壁という、ま、美しいなという程度だが、内部は外見の感じとは違う、息をのむ美しさ。これまでゴシック様式の教会ばかり見てきたが、バロック様式の明るく日が射し込みうっとりするほど美しい内装も素晴らしいなと思う。白、クリーム、薄いピンク、ペパーミントグリーンの色合いは、フランシス・フォード・コッポラ娘のあのマカロン映画のようである。私たちが座るとちょうど後ろにガイド付きの団体旅行客が来ていたのでガイドさんの話を盗み聞きする。
ガイドさんのお話。
・17世紀に建てられた。
・正面のタペストリーはペストが大流行したときの状況を描いたもの。
・両側の壁面に描かれた人物は兄弟である(天使の兄弟?何かは分からなかった)
・ペストが流行したとき、この教会の中は被害を受けなかった。
・この教会はLuzernの教育の中心地であった場所で、今も隣にはLuzern大学がある。

隣のFranziskannerkirche(フランシスコ教会)は上記と異なり、ゴシック様式の建物である。Jesuitenkircheの正面のところに使われていた石、茶色とクリームと灰色のマーブル、と同じものが使用されていたが、ゴシック様式とあってかかなり異なる感じを受けた。また、この日は結婚式が執り行われるようでその準備がなされていた。新婚の着席する椅子や白い花やリボンがそうである。
さて、最後のHofkirche(ホーフ教会)。8世紀に建立されたあと、火災で焼失し17世紀にルネサンス様式で再建されたのだそうだ。前者の2つとこれまた異なりこちらはギラギラしていた。あとで調べると、ゴシック様式の装飾過多を否定したのがルネサンス様式らしいのだが、このギラギラは装飾過多とは言わないのかしら、、とも思う。そして例によってよくわからない。また、ここのパイプオルガンはこれまで見た中でいちばん大きいもので圧倒された。最初、この教会に入って写真を撮っていると、小学校高学年のくらいの少年も写真を撮っており、目があったので、こっちの人がするように、にっこり、すると、ふん、といった様子で去っていった、あらら、と思って再び見学を続け、全部見たかなというところで、後ろから腕を引かれるので振り向くとさっきの少年。写真を撮って頂戴とのことだった。さっきあんなに冷たかったじゃない、と思ったが、少年の心はわかりません。カメラを渡され、少年とそのお父さんの写真を撮ると、少年が、ありがとう、と日本語で言ってきたので驚く。すると、お父さんから話しかけてき、メキシコから旅行に来ているとのこと。私たちは日本からでZürichに住んでいるよというと、なんと日本の一時期住んだことがあるのだそう。お父さん曰く、少年はもっと日本語の単語を知ってるよといっていたが、この時期の少年らしく恥ずかしそうにしていた。その後、少し会話をし、別れる際に少年はSAYONARAと言ってくれた。さっきの私に対するツンツン具合は照れの裏返しだったのだな。
最後にKunstmuseum Luzern(ルツェルン美術館)に行く。ここは注意。カフェがあるところが入口かと思うと違う。正面であろう所を探しても閉館。スイスの建国記念日週間だから休みなのかな、と思ってVierwaldstättersee(ルツェルン湖)に向けて座り、山に登ってきた帰りであろうボーイとガールの団体が、湖で泳いだ後で(夫の人曰く、たぶん二日間くらいお風呂はいってないんだよ、といっていた)、その辺であっぴろげに着替えているのを見たり、犬の飼い主が湖に向かって木の棒を投げ、けなげな犬が必死に取りに行く様子を見つつ、さて、帰ろうか、と駅に戻ろうとすると、すごくわかりにくい所にしかも小さい入口があった。そして6階。受付の年配の女性が、うちはモッダーン・アートを展示しているのよ。上の階のテラスからの眺めは素晴らしいから是非行ってみてね。と。さて、Modern Artの方は二人ともうーむという感想だったが、Swiss Meisterの方は、またみたいなとも思った。特にガラスケースに収められた鉛筆画?のもの。
Zürichに戻り、旧市街のツーリスティックでないスイス料理屋(創業100年以上!)に行く。これで3回目だが、外の席はたぶん観光客も多いのだろう。しかし店内は地元のおっちゃんばかりである。特に台所そばの大きな丸テーブル(シェフズ・テーブルと呼んでよかろう)はここに通って何十年という木の年輪のごときしわが刻みこまれたおっちゃんが陣取っている。もちろん、髪の毛の黒い、イエロー・モンキーでエコノミック・アニマルのジャップはいつ行ってもいない。よって、店内に入るなりわたくしたちはアイドルかしらんと思わせるほどの視線を浴び(もう慣れた)、ドイツ語表記のカルテを見る(内容が分かるようになった)。隣に座ってひたすらビールを飲んでいいたおっちゃんは別のフードカルテを渡してくれたり、料理を待っていると丸テーブルのおっちゃんの一人が来て、テーブルにどんと両手を置いて、グーテン・ターク、と言って去って行ったり、料理が来て食べようとすると、ボン・アペティと言ってくれたり(もちろん丸テーブルから)、わたしたちの一挙手一投足を見守るかのようにしていた。前回は食べた後にお店を出て歩いていると、おっちゃんがわれわれはさっきのお店で君たちを見ていて中国人か日本人かと話していたんだか、、と話しかけてきたりもした。とにかく愉快なのでR。ちなみにこのお店にはギリシア人のおばちゃんが店員にいるのだが、このかたはドイツ語のみ。そして過去はこのお店の看板娘だったのだろうと思われる。

Luzernに対する感想。以下。
・にぎわっている場所がとてもとても狭い範囲である。
・狭い範囲であるがゆえにものすごく人が集まっている。
・よって、日常生活を送っているひとは大変そう。
・美術館は展示数が少ない。
・Pilatus、RigiやTitlis(それぞれ、山)に行かなければ一日で観光は足りる。
・Casinoや5つ星ホテルがごろごろあった。Luzernはバカンスで長期間いるところなのだろう。
・最近の傾向として、町並みを見ても感動することは少なく、ハイキングをした方が楽しいことが判明。