ZürichからS-Bahnで30分のところにあるWinterthurに行く。
Winterthurはアートの街、らしいが、私たちはそこからまた小さい電車に乗って、Kyburgに近い駅までむかった。Kyburgまでは駅から歩いて1時間程度。ちょっとしたハイキングで汗をたくさんかいた。特に調べもせず、ただお城があるというだけで行ったのだが、KyburgはZürichを治めていた王の拠点であった、ということが着いてからわかった。

館内は写真を撮るのは構わない。なお、Zürichについた際、最初に行ったKunsthaus(美術館)も同じく写真は撮り放題であり、スイス出身のジャコメッティが広く展示され、夫の人はジャコメッティと交流があり、ジャコメッティが描いた、矢内原伊作肖像画を見つけていたく感動していた。そのほか、ピカソ、ダリ(ダリは1点のみでダリだけガラスケースに収められていた)、ルノワールシャガールパウル・クレー、などなど、一日ずっといても見飽きないのであった。

で、Kyburg。
城は大きいものではなく、こじんまりとしたもの。城壁の中に入ると中庭が広がり、中央に水飲み場と井戸があった。屋内では当時の生活の様子を展示していた。
台所では、上から鶏がつりさげられ、台の上で羽を毟られた鶏が首から血を流し、床では鶏が何事も知らず分からず、ふんふんと歩きまわる様子の絵。来客があった時のための食堂。椅子の布の模様が美しく、木製の棚は、木の色の濃さ/薄さで細かい模様を作り、壁には家系図ライン川でとれる魚の説明。父親なき子を産んだ女性は、一族の恥、とされるので、専用の屋根裏部屋。子供の部屋。女性の部屋。家族専用の食卓。鉄砲、槍、甲冑、砲弾が陳列されている部屋。鉄砲はさすがにガラスケースに収めれらていたが、槍はただ壁に掛けてあるだけなので、狂った人が槍を手にとり人を刺さないのかしら、と思ったのだが、そういう心配は余計か。槍の先はどれだけの血が付いているのだろうとも思う。お祭りの風景。それから、ミサを行うための小さな教会。その隣には小さな小さな処刑場。キリストの横には首をねじるためらしき道具があり、鎌がかけられ血の匂いがぷんぷんする気がした。地下は野菜や果物の保存、太鼓腹のおじさんも驚くくらいのワイン樽。それから、結構な数でドアの上に雄鹿の顔が飾ってあったのだが、あれはなにかの意味があるのだろうか。よくわからない。城を見学して思ったのだが、ゆりかごから墓場までがつながっているな、と。血もしっかり垂れ流して、垂れ流すからお祈りもして、ちゃんとつながっている。

帰りは、Winterthurに戻るのではなく、反対方向の列車に乗りRapperswilまで。そこから、Zürichsee沿いにBellvueまで戻る。Zürichsee沿いを走る列車の山側には、葡萄畑が広がっていた。Zürichのワインの一つはここからやってくるのだろう。戻ってからも活動的でありまして、着替えて緑地に向かい、最近手に入れたバドミントンで遊び呆けました。緑地ではBBQをやっているひとや、日光浴のひと、たくさんおられました。