みどりのあの子

こちらに引っ越してからというもの、私と夫の人が危惧をしていたのは、ビールとワインがスイスにいた時のようには、種類が豊富にあり、価格があれで、気軽には味わえなくなってしまうのではないかということでした。でも、こちらのスーパーでもワインは、種類・価格ともにかなり頑張っているのではないかということに気づき、それはそれで安心なのでした。まあ、ビールについては、Appenzellの味は遠くなりにけり、と詠いますが。それはそれとして、蒸し蒸しと暑い日にはやはり、ビール(キリンのSTAUTとアサヒのMasterばかり、というか、しか、飲みません)もなんだけれど、やはりのやはりであれのあれが飲みたいのでした。近所のワインが充実しているところにもその子は売っていないし、どうしても欲しくなったら、ネットで手に入れるしかないのかな、と思っていた矢先の蒸し暑い日、スーパーのワイン棚の内容が変わっていて、白ワインがわっさと増えていたのでした。ほうほう、と夫の人と眺めていると、あの子が二種類ですが、いました。かわいいあの子。素敵なあの子が入荷されていました。

さて、その子を知るようになったのは、昨年の夏に一週間ばかりポルトガルを旅行してからというものでした。リシュボアとポルトの二つのまち。空港から街までも歩き、帰りも街から空港まで歩きましたが、どっちの道かわからなくなると、親切な人が教えてくれて、更には、自転車でぴゅーんと走り去って行ったお兄さんが、止まって標識をみている私達を見て、わざわざ戻ってきくれて道を教えてくれたり、ポルトのまちで、地図をみていたら、杖をついた80歳近いおじいさんが(日本に仕事で行ったことがあるらしく神戸牛の高さに驚いていた)、話しかけてくれて、色々と教えてくれて最後にがつっと握手をしてお別れしたりだとか、そうそう、家族連れできていた、Robertという名のおっちゃんが、俺の名前は覚えやすいぞ。Ro-ma, Ber-lin, To-kyoのRobertだ、となんじゃそれと思いましたが、夜のポルトで、あれやこれやとべらべらべらと話しまくり、これまたがっつり握手をしてお別れをした、など、など、石畳の街をくたくたになるまで歩いたという思い出のポルトガル。で、私達が旅先で必ずチェックをするのが、地元のスーパー。そのリシュボアのスーパーで、ドウロ地方のワインを手に入れようと思っていて、どんなものが売っているのか、ササッと店内をチェックして、ワインの棚へ。まあ、ポルトガル語ですけん、分からんけど、ドウロはドウロだからドウロでしょというので、探していると、警備員のおじさんがやって来ました。なんだろうと思っていると、ワインの説明をしてくれるのです。警備はやっとらんでいいと?と思いましたが、なんとか理解できたのは、緑のワインがいいよ、ポルトガルの北のほうで採れるワインなんだよ、というのでした。それでひとしきり熱く語ってくれて、去っていったのです。ん?みどりのワイン?白でもロゼでもなく、みどりのワイン?よくわからんので、初志貫徹、ドウロの血のように真っ赤な重そうなワインを買うことにして、ワインのボトルを手に取り、さあてレジに向かおうかとすると、さっきの警備員のおっちゃんがこっちを見てにこりとする。私達が棚で見えなくなると、また、横からにこっとする。なんだ?と思っていると、ちょっとおいで、というので、付いて行くと、再びワイン棚に連れてこられてしまった。そして再び、警備員のおっちゃんによる、私達のための、ワインの講座が始まりました。あらあら。ポルトガル語はぜんぜん話せん、といっているのにもかからわず、構わずおっちゃんは全力でポルトガル語で、ワインについて語ってくれました。いいか、赤は肉料理に合うんだけれど、(おっちゃんの絶賛する)みどりのワインは、◯◯やXXに合うんだ(口をすぼめて、口の前に伸ばした5本指をまとめて、ムイート、という仕草)。それで、私が、◯◯とXXが分からなかったので、とりあえず知っている単語を使って、肉じゃなくてなに?と聞くと、その動作が一時停止、ちょっとおいでというので、へたへたと付いてくと魚コーナーへ。日本のお魚屋さんのように、氷の上に魚介類がずらりと並んでいる。それで、〇〇はこれだ(と、魚を指す)。XXはこれだ(と、えびを指す)。それでまた、みどりのワインと飲むとムイートだぜ。もちろんビールにも合うばい。というのでありました。その後は、君たちはジャパオから来たのかというので、そうだジャパオだ。というと、知っている港町をつらつらと歌うように言っておられた。おっちゃんはポルトガルとを話すので(当たり前だ)、会話にほとんどなっていないのだけれど、心と心の会話のようでありました。おっちゃんによるワイン講座が終わったと、夫の人と、やっぱりこのみどりのワインを買わんといかんよね、というところで意見が一致し、そのみどりのワイン棚を見ると、赤でも白でもロゼでもなく、ちゃん「みどりのわいん」とラベルの貼ったボトルがいくつか並んでいました。そしてそのなかから選びようやくレジに持って行くと、また、あのおっちゃんが、私達の持っているワインをチェックして、もうね、満面の笑みでした。レジが混んでいると、こっちが空いているよ、と別のレジに通してもらい、なんだかとても嬉しかったです。

で、そのみどりのワイン、かつ、あの子でその子は、まんまで「vinho verde(ビーニョ・ヴェルデ)」という名の、アルコール度数が普通のワインより低くて、微発泡のワインなのです。ポルトガルというとポートワインが頭にふぁっと浮かんできますが、私は断然みどりのワインにはまってしまいました。スイスに戻ってきた時もまず探したのは、ポルトガルのみどりのワインで、他のワインに比べてとても安いので、何かにつけてはみどりのワインを飲んでおりました。そして、この子が、今の時期だけかも知れませんが、この小さい町にも登場してきたので、飲める限り飲んでおきたいと思います。おっちゃんに教えてもらわんかったら、分からんまま、過ごしていたなあと思うと、あのおっちゃんに感謝せずにはいられません。早速昨日はそのみどりのワインを飲みましたが、やはり美味しい、暑い時に、もちろんエアコン等は付けず、シュワシュワとさっぱりしたこの味は、美味しいなあ美味しいなあと口にも出しながら、久しぶりのみどりのワインを味わいました。